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お店の歴史
金蝶園の歴史

美濃十万石の城下大垣に寛政十年(1798年)初代喜多野弥右エ門が、菓子何処「舛屋」を創業。
当時大垣は六つの川が網の目のように流れ、水の都とよばれました。

水のいいことは今でも有名で、二代目弥三郎は、大垣の水に合った菓子を作ろうと、京で菓業を修め、古来から続く饅頭に研究改良を重ねました。

そして安政二年(1855年)、ようやく現在の「金蝶園饅頭」を完成させたのです。

当時、戸田家の御用商人の間では茶道が盛んであったので藩のお茶菓子として、この饅頭を献上したところ、大垣藩の家老小原鉄心から「大垣の水に合う茶の味はこの菓子。菜種咲く 花は黄金の 饅頭に 慕うや蝶の 賑わいの園」というお誉めの言葉をいただきました。その後屋号も「金蝶園総本家」となり、現在の七代目までひたすら銘菓作りに専念し変わらぬ味を守り続けています。



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